阪神淡路大震災で終了した戸建賃貸生活

私は生まれて以来23年ほどいわゆる戸建賃貸に住んでいました。両親は自営業を営んでおり、1階は店舗2階は住居スペースという構成でした。ある時同じ大家さんの隣の平屋の戸建賃貸物件が空き、父はそこに母の両親を呼んで住まわせたのでした。今から考えると嫁さんの両親を引き取って面倒を見た父は偉かったと思います。しかし当時小学生だった私はいきなり来たじいちゃんばあちゃんとうまくコミュニケーションできず、寂しい思いをさせたのかもと少し後悔しています。

私が中学生になったらじいちゃんが先に亡くなり、後を追うようにばあちゃんもすぐに亡くなりました。空き屋になった平屋の戸建賃貸は2部屋あり、1部屋は私の部屋に、もう1部屋は自営業の倉庫として使用することになったのです。
それから大学4年生まで一人暮らしのような気ままな生活を送っていたのですが、あの忌まわしき阪神淡路大震災で状況は一変したのです。私の方の家は倒壊は免れたのでしたが、両親と弟が住む本宅の方は木っ端みじんに倒壊していました。おまけに両親は生き埋めになり、ご近所の方の協力でなんとか助け出したのでした。
その後私達は仮設住宅に移り、生まれて23年続いた戸建賃貸生活は終了しました。住んでいた場所には賃貸マンションが立ち、かつての昭和の趣はすっかり無くなってしまったのでした。あの地震がなかったら私は今でもあの戸建賃貸に住んでいたのだろうかと、ふと考えてしまうのです。